和歌山地方裁判所 昭和24年(ワ)94号 判決 1949年8月15日
原告
村松栄一
被告
和歌山市役所市民課
外五名
主文
原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
請求の趣旨
原告は、被告は連帶の責任で原告に対し法定の主食糧を遅滯することなく配給すること、天災地変等不可抗力の原因によらずして、主食糧の配給を一日以上遅延した時はその遅延した日数の主食糧(食糧通帳に表示されている家族全人員に対する量)の公定價額の十倍の損害金を賠償すること、被告は原告に対し別紙目録記載の内容の陳謝状を判決確定の日から十日以内に作成し且被告自ら署名捺印したことについて公証人の認証を得て之を原告の住所に持参し陳謝の意思を表示して原告に交付すること、但し被告の都合で右期間内に右陳謝状を書留配達証明郵便で原告に発送してもよい。又被告が右陳謝状の作成を好まない時は陳謝状に代え被告において費用を負担して之と同一内容の陳謝廣告を毎日新聞、朝日新聞、読売新聞、和歌山新聞、和歌山日々新聞の第一面最下段左端に三回連続して掲載してもよい。但し右陳謝廣告の掲載は判決確定の日から三十日以内に終了するよう手配すること。判決確定後三十日を経ても被告が陳謝状の交付又は郵便による発送若しくは陳謝廣告の新聞紙掲載をしないときは、原告は各新聞社から陳謝状廣告料金の見積書を徴して之を被告に通知し且二十日以内に陳謝状に代え新聞紙に陳謝廣告の掲載をすることを催告し、被告においてなお右期間内に陳謝状の交付又は郵便による発送若しくは陳謝廣告の新聞紙掲載をしないときは、原告は被告に代つて費用は被告の負担において前記各新聞に陳謝廣告を掲載すること、被告等は連帶して原告に対し金一千四百四十円を支拂うこと、訴訟費用は被告の負担とするとの旨の判決を求める。
事実
原告等はいずれも食糧公團和歌山支所雜賀配給所から主食糧の配給を受けているもので、憲法第二十五條第一項の「すべて國民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」との規定によつて生活権を保障されている。
被告等はいずれも國の機関又は自治体の機関として、日本國民――和歌山縣民――和歌山市民のために「すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衞生の向上及び增進に努めなければならない。」作爲の義務を負うていることは同法第二十五條第二項の定めるところで、全國民の栄養補給の根幹である、主食糧を完全適正に配給することは被告等が連帶の責任で爲さねばならぬ義務である。
昭和二十四年中には和歌山縣には特記すべき天災地変等の災害が発生していないから、被告等が細心の注意を拂つて忠実に職務の執行を爲して遺漏なく最善をつくしていたならば、主食糧は順調に完全に配給されて原告等は健康で文化的な生活を営み得た筈である。然るに同月中頃から主食糧の配給は遅延澁滯の傾向が濃厚になつて、二、三日若しくは四、五日の遅配が絶えずくり返えされた。
これは前記のように主食糧を完全適正に配給する義務を負担している被告等の粗ほんずさんな計画や放縦怠慢な執務ぶりに基因するものである。右被告等の義務違反に基く主食糧の配給の遅延によつて、憲法によつて保障された原告等の前記生活権が侵害せられたもので、原告は右主食糧の遅配による生活脅威即ち生活権の侵害の排除を求める。
且原告等は右主食糧の配給遅滯のため心身ともに不安と苦惱を感受したので、この慰藉のため陳謝状の交付を求める。
一面原告等は昭和二十四年四月十八日以後三回に亘り延べ人員十二人が主食遅配による生活権侵害排除のため、和歌山市役所市民課、食糧公團和歌山支局、農林省和歌山食糧事務所、和歌山縣食糧配給係、和歌山市警察署生活相談所等各所を訪問して食糧完配方促進について陳情、懇願諒解に努め、このために右十二人の一日当り一日金百円の日当計一千二百円及び和歌山市電秋葉山停留所、和歌山縣庁前停留所間一回金十円の乘車賃の二十四回分計二百四十円以上合計金一千四百四十円の損害を蒙つたのでこの賠償を求めると述べた。
被告農林省食糧管理局を除くその他の被告等は、訴却下の判決を求め、原告が本訴において被告として相手取つたものはいずれも法律上独立の人格を有しない官公署内の一部局で民事訴訟法上当事者能力を有しないから不適法な訴であると述べた。
理由
原告はこの訴訟で
(一) 和歌山市役所市民課
(二) 食糧公團和歌山支局
(三) 食糧公團和歌山支所
(四) 和歌山縣食糧配給係
(五) 農林省和歌山食糧事務所
(六) 農林省食糧管理局
を被告として相手どつているが、
(一)は普通地方公共團体である和歌山市に於て同市長がその権限に属する事務を分掌させるために設けた一課であり
(二)、(三)は國の行政組織の一部をなす法人たる食糧配給公團(原告は訴状に食糧公團と記載しているが、食糧配給公團のことを俗に食糧公團と呼称するむきがあるから、この記載は食糧配給公團の誤記と認める。)の和歌山市に設けられた從たる事務所たるに止り
(四)は普通地方公共團体である和歌山縣において、同縣知事がその権限に属する事務を分掌させるために設けた部局である農林部内の一課であり
(五)、(六)はいずれも國の行政機関たる農林大臣が米麦等、主要食糧の買入及売渡等需給統制に関する事務を分掌させるために設けた國の行政官廳であつて、
いずれも法律上独立の人格を有しないのみならず、これらのものが独立して民事訴訟の当事者たり得ることを規定した法令等は存在しない。
從つて原告が本訴において被告として相手どつているものは、いずれも当事者としての能力を有しないものである。
原告が和歌山市役所市民課、食糧配給公團和歌山支局又は同公團和歌山支所、和歌山縣食糧配給係、農林省和歌山食糧事務所又は食糧管理局等の職員の行爲に関し國家賠償法、民法等の規定によつて一定の請求をしようとするときには、それぞれ和歌山市、國又は食糧配給公團、和歌山縣及び國を相手どつて訴を提起すべきであり、憲法其の他の法令に基いて原告のいわゆる生活権の侵害の排除を請求する訴を提起するときも亦同断である。
当裁判所は原告が本訴において被告を前示の如く記載したのは、その誤解に出たものと考えて、原告に対し被告の表示を適当に訂正するように勧告釈明したところ、原告においてはこれを補正する意思のないことを明らかにした。
よつて本訴は不適法であつて、その欠点を補正し得ないものと認めるから原告の請求の内容につき審理に入らず之を却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
目録
陳謝状
拜啓 貴会益々御隆祥の段慶賀の至りに存じます。此の度貴会から「憲法違反に基く生活権侵害の排除、不法行爲に対する損害賠償、陳謝状請求の訴」を提起されて審理の結果が被告の敗訴と相成りまして被告の行爲が不都合であつた事が明確になりまして、原告各位は申す迄もなく一般多数の消費者にも多大なる御迷惑を、おかけ致しまして「ホント」に何とも申訳の無い次第でありました。
茲に被告一同は將來職務に精勤勉励するべき事を御誓約申上ると共に過去の不都合なりし態度に就て深甚なる陳謝の意思を表示致します。
右陳謝状依而如件
昭和 年 月 日
住所
被告名
代表者氏名印